title is 『cros[s]ter』
地上という意味ではなく、存在しうる全てのものという意味合いで使われる「世界」というのは、
それこそ天空に煌く数多の星々のように多く存在し、それぞれがそれぞれの光を放っている。
それらは基本的に決して互いに触れ合うことはない。
互いの存在は知りえようとも、実際に交わることはありえない。
だが、「ありえないなどということはありえない」という言葉がある。
なんらかの大きな力が働いたとき、その星はその位置を大きく変え、時に他のものに接触することがある。
それが偶然なのかそうでないのかは誰が知る由もない。
それでもただ一つ確かなことがあるとしたら、
それは
**********
一般に人里を離れれば離れるほど魔物というのは強く、数も多い。
人と魔物は生物的には相容れぬ存在であるのが大きな要因である。
しかし力を持った魔物が人里を襲うことがあるように、その逆もまた然り。
岩の露出した険しい山道に、点々と魔物の屍骸が転がっている。
それを辿っていった先に、二人の少女が歩いていた。
彼女達が行くこの山は、近隣の住民が魔の山と呼び恐れている場所だ。
昼間ならばともかく、夜になると目がほとんど利かなくなり、獰猛な魔物が多く生息する危険地帯である。
だが、二人はその道を我が家の廊下を歩くような素振りだった。
無論、十歩も歩けば草叢から、あるいは岩陰から魔物が襲い掛かってくるのだが、
一つの例外無く、刹那にて薙ぎ払われ、全身を数十に分解されて地面に落ちる。
そんなことが出来る少女など、そう何人もいるはずがない。
エンジェレット・エヴァーグリーンと、ククルー・シルファニーである。
二人は足音も無く暗闇へ身を進ませていく。
砂利道を無音で歩く。
ただこれだけのことでも、二人が相当の実力であることが窺えた。
かと思えば、ククルーの足はよく見ると地面に触れていない。
彼女は魔法で宙に浮いたままエンジェレットの背を追っているのだった。
「……エンジェレットさん」
自分からは滅多に話しかけないククルーの口から、少しうんざりとしたような響きが漏れた。
立ち止まりもせず、エンジェレットは半身振り返る。
「……もうこんなに暗い。一気に町まで戻りませんか?」
「そう? なんだか物足りませんわね。ザコばかりで。少しは骨のあるのがいるかと期待していましたのに」
「……エンジェレットさんくらいの人が経験を積むなら、もう魔境にでも行かないとだめかもしれない」
「仕方ありませんわね。今日はこのくらいにして帰りましょう」
エンジェレットは意外なくらいあっさりとそう言った。
元々ククルーには無理を言ってついてきてもらっていたのだ。
大した当ても無いのに、これ以上付き合わせるのは流石に憚られた。
「……だから、来る前に言った。イリスと来れば、きっと一日中でも付き合ってくれるって」
伏目がちに呟くようにククルーは言った。
その言葉は、そのまま受け取ると言い訳がましく聞こえる。
しかしエンジェレットにはわかる。
ククルーは、体力的に長時間の戦闘には不向きなのだ。
それをわかっているから、彼女はこれ以上付き合えないことを申し訳なく思っているのだと。
少し前の自分だったら、こんなことを思いはしなかったでしょうに。
と、エンジェレットは半ば自嘲的に笑んでから、それと気付かれぬよう普段の調子に戻して
「私もそう考えないわけじゃありませんでしたけど。でも考えてみたら、イリスと一緒にというのだけはありえませんわ」
ククルーが目線を上げる。
どうして? と言っているのがエンジェレットにも一目でわかった。
「あなたを信用して言いますわ。イリスは私に憧憬の念を抱いているようですけど、
私はイリスのことを好敵手として見ていますの。あの成長性、爆発力、どちらも私には無いものですわ」
確かに……とククルーはあの元気いっぱいの友人を思う。
エンジェレットとは違い、イリスはまだ荒削りで一直線に過ぎる。
それはエンジェレットには見られないものだ。
そして往々にして、人は自らが持っていないものを持っている他者に羨望を持つものである。
「本当はイリスと一緒に鍛錬を積むのが近道かもしれない。でもイリスは私に憧れを持っている。
それなら、私はいつまでもイリスの憧れでいたい。私がイリスに憧れているなんて知られたくは無い。
好敵手だと言っていながらそんなことを思うなんて矛盾していると自分でも思いますけれど、ね」
照れ隠しにか、エンジェレットは少しだけはにかんだ。
初めて同じクラス――問題児同士として出会った頃からは想像も出来ないほど綺麗な笑顔。
それは同性であるククルーですら魅力を感じ、しばらくの間見入ってしまうほどだった。
羨ましい。
ククルーは自身がそう感じたことを素直に認める。
ククルーには、大切な友人がいる。
イリスが、エンジェレットが、ユユが。
しかし、ククルーにはエンジェレットにとってのイリスのような好敵手と呼べる人物がいない。
互いに切磋琢磨し、高め合えるような人物はいなかった。
ククルーにはそれがたまらなく羨ましく思え、それと同時に
(こんなことを思うようになったのも、友達のおかげ……なのかな)
そんなことを思って、知らずの内に微笑んでいた。
それに気付いたエンジェレットが楽しそうに笑い声を漏らす。
ククルーは思わずはっとなって黙り込み、俯いた。
感情を滅多に表に出すことの無かった彼女は、それを見られるのは不思議と気恥ずかしいのだ。
「それじゃ、帰りましょうか。ククルー、お願いしますわ」
「……」
ククルーは無言で頷く。
地面に降り立ち、両手を大きく広げる。
体内にあるエレメントを操作。
ククルーの最も得意とする属性「風」のエレメントを選択、適合、後出力。
ククルーを中心にして数メートルに渡り、風が吹き荒れ『場』が広がっていく。
彼女達はこの風に乗って、ブレイヴァニスタから遠く離れたこの地へ経験を積みに来ていたのだ。
だが、その風が治まる気配が一向にない。
このまま風に乗ろうとしても、制御が上手く利かず途中で墜落するのが目に見えている。
言うまでも無く、ククルーが自身の魔力を制御し切れないはずがない。
「ククルー!」
「……ん」
エンジェレットが叫んだのと、ククルーが自身の魔力放出を絶ったのは同時。
だが、ククルーが風を収めたにも関わらず、大気の乱れは続いている。
大気の乱れ――とは言っても、それが単なる気圧変化によって生み出された気流でないということに、
魔法にいくらか精通する二人は気付いていた。
「強力な魔力干渉が確認される。私が魔力を調節出来なかったのはこのため」
落ち着いた口ぶりで状況把握を始めるククルー。
冒険者として、不測の事態に出遭った場合に取る行動としては適切だ。
「この反応は……召喚魔法に似ている……? でも現在召喚儀式を成功させるにはそれなりの設備が必要なはずですわ」
「……昔は、単身で世界を行き来していた魔物も存在したと本で読んだことがある」
「まあ、どう転ぶにしても」
エンジェレットは愛用の扇を広げる。
眼前では、大気を狂わせる魔力の渦がうねりながらも一つの点に向かって収束し始めていた。
その背景に不自然な亀裂が入る。
「これから出てくる奴が並の奴じゃないってことだけは確かですわ、ククルー!」
「……いざとなったら一気に逃げる」
亀裂が次第に大きくなり、そこから覗く深淵に風景が割れて落ちていく。
そこから感じる魔力の大きさに、二人は密かに恐怖しつつあった。
自分達の手に負える相手なのだろうか。
その答えを出す暇も与えず、それは深い深い穴の底から落ちてきた。
――ぼてっ
「……」
「……」
そのままの態勢で目を丸くする二人。
その視線の先には、見慣れない服を着た長髪の少女が空ろな目をしてうつ伏せに倒れている。
少女の口には一枚の紙切れがくわえられていて、そこにはただ一筆
『ボスケテ』
と書かれていた。
「……なんなんですの、この子?」
ようやく思考が追いついてきたエンジェレットがそう漏らした。
わからないといった風にククルーは律儀に首を振ってから辺りを見回す。
大気の乱れは完全に治まっていた。
倒れている少女が出てきた穴も今は既に無く、夕闇が静かに夜を告げている。
「……魔力干渉は今は途絶えている。状況から見て、この人は単身で空間距離をゼロにしてきたか、
別次元にある並行ベクトル上からこの世界へ現れた可能性が最も高い」
「何にしても、この場に放置ってわけにはいきませんわね。ククルー、この子も連れて一旦帰りますわ」
「わかった」
再び『場』を作る。
今度は大気は乱れることなく、風は清流の如き穏やかさで体を包み、ククルー達をそっと宙へ持ち上げた。
(……?)
そのとき、ククルーはふと疑問を抱いた。
ククルーは風の属性を最も得意とすることは前述の通りである。
それは、単にククルーが持つ風のエレメントが強いという意味ではなく、
風のエレメントによる魔力構成に長けているという意味だ。
風を起こすだけでなく、手足のように扱えるといった程度の解釈でちょうどいい。
『場』を広げることで、あらゆるものの動きを察知したりすることもできる。
その気になれば、全く視覚に頼ることなく行動することも可能だ(屋外であれば更に良い)。
ククルーが疑問を抱いたのは、やはり先ほど現れた少女のことである。
少女は現在気を失っているようで、ククルーの風に抱かれたままぴくりとも動かない。
風を通して少女の鼓動を感じ、確かに少女が生きていることを確信させる。
ククルーが疑問を抱いたのは、ただ一点。
先ほどから少女が一度もたりとも呼吸をしていない、というところだった。
**********
目を覚ますと、見知らぬ部屋のベッドに寝かされていた。
上体を起こして、身体機能に問題が無いかどうかチェックを始める。
……と、自分の中に状態確認に相当するスイッチがあることに気付いて、即座に開いた。
思考を司る電子回路に各部から情報が送信されてくる。
『少女:謎の少女
HP:462/462
MP:210/210 』
身体機能に問題は認められない。
でも、……私の名前が「少女」になってるのはどういうことだろう。
自分の名前ははっきりと思い出せる。
ハードディスクに保存されているデータファイルの一つも破損、異常は認められない。
微かに首を傾げていると、部屋の戸が静かに開いて女の子が入ってきた。
女の子は私が起き上がっているのを見て少しだけ驚いたみたいだったけど、すぐに落ち着きを取り戻して
「気付きましたのね」
その言葉だけで、ある程度状況は理解できる。
多分この人は、こっちに飛ばされてきた私を保護してくれたんだろう。
「うん。迷惑かけたみたい」
「別にいいですわ。それより、もし良ければいくつか質問に答えてもらいたいのですけれど」
それはこっちにとっても望むところだった。
私にも、いくつか必要とされる情報が不足している。
この子から情報収集を試みる。
「私にわかることなら答える」
「助かりますわ。まず聞きたいのですけれど、あなたは何者ですの?」
「私は、伊藤ユウ。ちょっとした事情でこっちの世界に飛ばされてきた旧型ロボット」
言った瞬間、私の中の設定に一部自動修正がかかる。
『少女/謎の少女 → ユウ/旧型ロボット』
名前の設定が本名表示になったことを確認。
……そうか、こういう仕組みになってるんだ。
その世界に住んでいる人に、私のことを伊藤ユウだと認識してもらうことで、
はじめて私はユウとしてこの世界に存在できる。
「……ロボ? ということは、あなた機械なんですの?」
「そうだよ」
「そう……。道理で回復魔法が効かなかったり、鼓動は感じられるのに呼吸をしてないわけですわ……」
頷いたのを見て、女の子はぶつぶつと呟き始める。
「……あのー」
「? あ、すみませんわね。ちょっと考えごとをしていて」
「気にしてないよ。それより、えっと」
「エンジェレット・エヴァーグリーンですわ。エンジェでいいですわよ」
女の子――エンジェちゃんは、見る人を安心させるような笑顔になる。
優しそうな子だなと思いながら、こういう子ってだいくん好きそうだなと思う。
……そうじゃなくて、今は情報の収集が何よりも優先される。
思考パターンの自動修正、今すべきことの確認と実行を試みた。
「それで、私も少し聞きたい。私が飛ばされてきたとき、私の他に誰かいなかった?」
「誰か? いえ、私達が見たのはあなた一人だけですわ」
「そうですか」
となると、別の場所――それもそう遠くは無い場所に飛ばされた可能性は高い。
この世界に飛ばされてきた時点で、相応の能力補正がかかっているはずだから、無事だとは思う。
だいくんも言ってた。
『あの鉄壁は並の奴が踏み込める領域じゃない』って。
「エンジェちゃん。お願いがある」
「なんですの?」
「私と一緒に飛ばされてきた人がいる。その人達を一緒に探してほしい。そうしないと元の世界に帰れない」
「……唐突ですわね。私でなければいけませんの?」
「エンジェちゃんと一緒に私を見つけた子がいるなら、その子も一緒じゃないといけない」
「それはどうしてですの?」
「この世界には無意味なことなんてない。そういう風に出来ている。
エンジェちゃん達が私を見つけたなら、それにはきっと意味がある。
だから今回はエンジェちゃん達に手伝ってもらうのが正解だと思う」
エンジェちゃんは腕を組んで黙り込んだ。
やっぱり突然すぎて、すぐに決められることじゃないのかもしれない。
それはそれで仕方ない。
そうなったら、私ものんびりはしていられないから、一人でなんとかしないといけない。
「いいですわよ」
「……え?」
意外な返答が返ってきて、私は一瞬適切な反応が出来なかった。
「まあその前にローレンシア先生……現場監督? みたいな方に報告をしておく必要がありますけれど」
「あ、うん、ありがと……でもいいの?」
「おかしな人ですわね。頼んできたのはそっちですわ。あなたの言うように、私たちの出会いには意味があるんでしょう。
折角の冒険の機会をフイにしてしまうのは一冒険者として望むところではありませんし」
それに、と付け加えてエンジェちゃんは言った。
「全てに意味があるというのなら、あなたの探している人もすぐに見つかるはずですわ」
「そうかもしれない」
「それで、あなたが探しているのは誰ですの?」
「二人いる。友達と」
告げる。
「敵」
**********
目を覚ますと、見知らぬ部屋のベッドに寝かされていた。
上体を起こして、身体のどこにも異常がないかどうか調べる。
……と、自分の中に状態確認に相当するスイッチがあることに気付いて、即座に開いた。
頭の中に蓄積された知識を思い起こすかのように、状態が鮮明にわかる。
『少女:謎の少女
HP:278/278
MP:518/518 』
身体には特に異常はないらしい。
しかし、……私の名前が「少女」になってるのはどういうことでしょうか。
自分の名前ははっきりと思い出せます。
記憶喪失になっているなんて漫画のような展開がそうそうあるわけもありません。
微かに首を傾げていると、部屋の戸が静かに開いて長髪の女性が入ってきました。
女性は私が起き上がっているのを見て少しだけ微笑むと、すぐさま口を開いて
「気付いたかの?」
その言葉だけで、ある程度状況は理解できる。
多分この人は、こっちに飛ばされてきた私を保護してくれたのでしょう。
「はい。ご迷惑をおかけしたみたいで」
「気にすることはないぞ。それより、もし良ければいくつか質問に答えてもらいたいのだが」
それはこっちにとっても望むところでした。
私もいくつか知るべきことがありましたから。
見たところ知識は豊富そうですし、情報を聞くにはうってつけでしょう。
「私にわかることなら答えます」
「助かるの。まず聞きたいのじゃが、お前は何者じゃ?」
「私は、雨宮智香。ちょっとした事情でこっちの世界に飛ばされてきた学生です」
言った瞬間、私の中の設定に一部自動修正がかかる。
『少女/謎の少女 → 智香/委員長』
名前の設定が本名表示になったことを……って、どうして職業欄が「委員長」になりますか!
私は学生だとしか言っていないのに!
……ともかく、この世界はこういう仕組みになっているようですね。
その世界に住んでいる人に、私のことを雨宮智香だと認識してもらうことで、
はじめて私は智香としてこの世界に存在できる。
女性「……学生? 嘘はいかんな委員長。状態表示すれば一目瞭然じゃぞ委員長」
委員長「嘘ではありません。確かに私は元の世界では委員長も務めていましたが……。
……って、どうしてここだけ台本形式になっていますか。陰謀ですか」
女性「大いなる意志の賜物じゃな」
私がぼやくのを見て、女性はくっくっと笑い始める。
「……あの」
「? フ、気に障ったなら悪いな。失笑であった」
「気にしてはいません。それよりですね」
「ローレンシア・アルテラスじゃ。ローレンシア大先生でいいぞ」
女性――ローレンシアさんは、何を考えているのかわからない不敵な笑みを浮かべる。
胡散臭そうな人だなと思うと同時に、こういう人は得意ではないなと思います。
……そうではありません、今は情報の収集が何よりも優先されますね。
余計なことを考えるのはやめにして、私は質問をすることにしました。
「それで、私も少し聞きたいのですが。私が飛ばされてきたとき、私の他に誰かいませんでしたか?」
「答える義理はないのう」
「そうですか。……え?」
予想外に一蹴されてしまったので、私は驚いてローレンシアさんを見た。
その表情は完璧に楽しんでいるといった様子。
言い間違えたというわけではないらしい。
「断っておくがな。わしにとってお前は、退屈しのぎをさせてくれそうな人物でしかない。
仮にわしがお前の求める答えを知っていたとしても、そう易々と答える気は無いのう」
ああ、なんだろう、この不快感は。
この人と話しているだけで、気分がざわついてくる。
理由ははっきりしている。
あの人と――私達をこの世界へ飛ばしたあの人とこの人がどこか似通っているからだ。
自分勝手で傲慢で不敵なところなんか、特に。
「どうしても教えていただけませんか?」
「言うまでもないな」
「……わかりました。教えてもらうのは諦めます」
はあ、と溜息をつく。
気持ちの切り替えは、それだけで十分だ。
目の前の傍若無人を、私は精一杯の敵意を以て睨み付けた。
「では、力ずくで教えさせることにします」
「フ……そうこなくてはな」
各部魔力伝達。
1……2……3……配備完了。
戦闘形式『要塞』――起動。
初めて行ったとは思えないほど私の中でそれは滑らかに行われた。
当然だと一人で納得する。
この世界に来たときに、この能力は「初めから私が持っていた」ものとして認識されているのだから。
「初対面で申し訳ありませんが、……私はあなたが好きになれそうにありません」
「わしはお前のような奴は嫌いではないがのう」
「殲滅させていただきます」
「フフ、その言葉、行動で示せるかの?」
「……無論!」
初めての力、初めての戦闘。
それなのに不思議と緊張はありません。
それどころかどこか高揚感すら感じています。
「ほう……緻密かつ統制の取れた見事な魔力操作じゃ。相当の使い手であると見えるな」
「それはどうも」
「楽しみなことじゃ。さあ――かかってくるといい。返り討ちじゃ」
「そう思い通りになってたまりますか」
まったく。
本当に――むかつきますね、この人。
**********
突然の地鳴りに、エンジェレットは思わず転げそうになった。
咄嗟にバランスを取って踏みとどまる。
その横でユウが物の見事にこけていた。
「……大丈夫?」
ローレンシアの元へ行く前に声をかけておいたため、つい先ほど合流したククルーがユウに心配そうな声をかける。
「大丈夫。問題は何も無い。あ、とれちゃった」
転んだ拍子にか、ユウの足元に腕が落ちているのに気付いてエンジェレットはぎょっとする。
それを当たり前のように拾い上げ、ユウはガショガションと元の位置にはめこんだ。
いくらロボットとわかっていてもシュールな光景だ。
気を取り直して、エンジェレットは震源地と思われる方向――ローレンシア宅の方を見る。
「一体何事が起こってますの……?」
「攻撃的な魔力の波が二つ感知出来る。何者かが戦闘中と予想される」
「一人はローレンシア先生ですわね。あとの一人も並の使い手じゃありませんわ」
授業で一度だけローレンシアの力を目の当たりにしたエンジェレットだからこそわかる。
戦闘と呼べるレベルであのローレンシアと渡り合える者などそうはいない。
事実、およそ一年ほど前、クエスターズに入って間も無かったエンジェレットでは全く太刀打ちできなかった。
「全く、先生は何をやっているのかしら」
「……ともかく、放ってはおけない。立場的にも状況的にも現場に急行すべきだと思う」
「わかってますわ。行きますわよ二人とも。念のために徒歩で参りますわ」
ククルーの風に乗って行くのが時間的には早い。
が、ククルーも自分以外の者を乗せた風を同時に操作するのは難しいらしく、
仮に空中で補足された場合危険に晒される可能性が高いのだ。
そのため徒歩で現場に向かうのは無難な選択であるといえた。
「それにしても、ここまで規模の大きい魔力戦はあまりない。余波が町に届く前に何とかしないと」
ローレンシアの家は町の外れにあるため、そこからの余波が飛び火するというのは考えにくい。
しかし、今回感知される二つの魔力はいずれも規格外だった。
このままではブレイヴァニスタ市街に被害が及ぶ可能性がある。
「まずいですわね。……仕方ありませんわ。いざとなったら」
「なったら?」
「ローレンシア先生と戦ってでも止めますわよ」
「……了解」
三人は、駆け出した。
**********
二人は屋根を一気に突き破り、上空五十メートルほどで対峙した。
ローレンシアの両腕から竜巻状に構成された魔法衝撃が繰り出される。
四方から襲い掛かる真空の波を回避する術は無い。
それを直感的に察したのか、智香は身じろぎもしない。
――が、彼女が動かなかったのは避けるのを諦めたからではない。
無理に避けようとしたら、
完
全
に
は
防
ぎ
切
れ
な
い
と判断したためだ。
吸い込まれるように衝撃はそのまま智香へ襲い掛かる。
だが衝撃は智香を突き抜けることはなかった。
智香を幾層にも覆う魔力の渦が完全にローレンシアの攻撃を防いだのだ。
(魔法障壁! それもここまで強力とはな!)
にぃっとローレンシアは口の端から白い歯を見せた。
喜悦の笑みを堪え切れそうにない。
立場上、ローレンシアは滅多に荒事に参加することが出来ない。
精神的に子供なところがある彼女は、ずっと欲求不満の状態だったのだ。
久しぶりに自分の力が通用しなかった相手に出会えて、叫びだしたいほど嬉しかった。
「……大口を叩いておいて、その程度ですか? それでは私の『要塞』に傷一つつけられませんよ」
冷静さを称えた強い視線が自らを射抜いている。
ローレンシアは、全身が強く震えるのを感じた。
武者震い。
――久方ぶりの高揚感。
「安心せい。今のは本番前の挨拶のようなものじゃ」
「それは安心しました。私も弱い者いじめは好かないもので」
「フフ、戯言じゃな」
二人同時に地上に降り立つ。
最初に動いたのは智香の方だった。
彼女を取り巻く魔力の壁の一部がその配列を変え、無数の突起となって等間隔に並ぶ。
そこへ送られていく魔力はその場に留まり蓄積されていく。
戦闘形式『要塞』――攻撃方式『機関銃』
「撃ちまくります」
弾けた。
盛大に繰り広げられた弾幕がローレンシアを襲う。
避ける隙間は一切無い。
ご丁寧なことに、避ければ避けるほど逃げ道が塞がれていくよう計算されて放たれている。
発射からコンマ二秒、ローレンシアの動体視力はそこまでの把握を可能にしていた。
(生真面目で嫌らしい奴めっ)
生真面目な人間は大好きだが、同時に苦手でもあった。
咄嗟に思考が働く。
避けるか? 防ぐか?
前述したように避けるのは無謀だ、余計に行動の幅を狭めていってしまう。
防ぐのはどうか。
こちらも魔法障壁を展開して防ぐのは簡単だが、疲れるので極力避けたい。
何より相手は魔法を得意としているようで、そんな相手に魔法で対抗するのは些か無謀だ。
かといって生身で耐えるのは言語道断、痛すぎる。
となれば、ローレンシアが取る道はたった一つだけだ。
ローレンシアはぐっと身をかがめたかと思うと、――激しい弾幕の中へ自ら突っ込んだ。
直接狙ってきた第一波をかわしたが、続いて眼前に第二波、その側面、背後に三、四波。
逃げ道は、無い。
だからローレンシアは、逃げずに弾幕を受け止めた。
思った通り、一発一発の弾の威力はさほどではない。
ローレンシアならなんとか
生
身
で
弾き返せる。
第二波を一発だけ弾き、その隙間へ体を滑り込ませて第三波をやり過ごし、直後の第四波をまた弾く。
この行動に智香は驚きを隠せなかった。
なんということだろうか。
避けるか防ぐかの二択しかありえない状況で、ローレンシアは……それら二つを同時に実行してみせている!
(本当に人間ですかあの人は)
二択問題を突きつけられて、第三の選択が出来る人間は確かにいる。
しかし、それはあくまで通常の場合だ。
唐突にその状況を与えられ、その上でその選択を選べるとなると、
頭で考えるだけでなく直感的に体が動く必要がある。
そしてそれは、恐らく自分には出来ないと智香自身が自覚していることだった。
ぎり、と不可解な音が自身の歯と歯の間から聞こえてきたことに気付く。
「くっ……」
一歩一歩、確実にローレンシアは距離を詰めてきていた。
悔しげに顔を歪ませる智香。
彼女は追い詰められている――わけではない。
ただ、ローレンシアが自分の予想外の行動で攻撃を受け切っていることが面白くないだけだ。
あと数歩で相手に詰め切られるところまで来て、智香は『機関銃』にあてていた魔力の一部を変換。
魔力を突起――『砲身』に送り、蓄積させる、そこまでは変わらない。
違うのはただ一つ。
「吹っ飛べ」
溜め込んだエネルギーを一度に放出する、それだけだ。
戦闘方式『大砲』――『機関銃』の数百倍もの威力の魔法弾が放たれる。
その速度は凄まじく、自身の弾幕すら貫いてその先のローレンシアを襲った。
ローレンシアは咄嗟に反応したが、間に合わない。
爆ぜた。
轟音、炸裂、衝撃。
ローレンシアの体は木の葉のように宙を舞った。
「あっ……」
――力加減を間違えた。
智香の顔からさっと血の気が抜ける。
もしかしたら、勢い余ってとどめを刺してしまったかもしれない。
思わず動きを止めた智香の目の前で、ローレンシアは地面に叩きつけられ
――ることなく、すたっと見事に着地してみせた。
息をするのも忘れて、智香は驚きを隠せずにいる。
先ほどの一撃は、自分のベストショットだった。
それが直撃したのだ、ダメージがないはずがない。
それなのにローレンシアは、むしろ自分の服の裾が破れたことを気にしているようで
「わしのお気に入りに傷をつけるとはやるではないか。楽しませてくれるの」
などと言って、相変わらず不敵に笑んでみせるのだ。
「……効いていないのですか?」
つい言ってしまってから、しまったと思う。
これでは自分が動揺していることを吐露しているに等しい。
その上相手が素直に答えてくれるとも思えない。
だが、ローレンシアは膝の埃を手で払いながら
「効いていないわけがない。あれほどの威力の魔法弾だ。わしとて無傷でいられるものか。……かなり痛かったぞ」
「それだけ……なのですか?」
「あざが出来たらどうしてくれる」
「……」
これ以上話していても無駄だと思ったのか、智香は溜息をついたきり何も言わなかった。
代わりに、魔法障壁の威力を強め、神経を集中させていく。
ローレンシアが不真面目な様子なので認めたくなかった智香も、ここへ来て認めたのだ。
ローレンシア・アルテラスは強い。
もしかしたら自分は、最も勝ち目の無い相手に喧嘩を売ってしまったのかもしれない。
だが今更後に引けないし、そんな考えは智香の中にはなかった。
自らの主張は、それが自らを滅ぼそうとも曲げないのが彼女の信条であり、流儀。
女には、たとえ勝てないとわかっていても戦わなくてはならない時があるのだ。
「実力差を知り、敗北を予感し、それでも向かってくるか委員長」
「私を委員長と呼ぶのはやめてください」
「沸き立つのう……では参るぞ委員長。見事に陥落してみせようぞ」
「させません! 私は、雨宮智香です!」
再び『機関銃』を起動して相手を牽制する智香。
避けながら、ローレンシアは智香を中心に円周を辿るように位置を変える。
『機関銃』とは言い得て妙だ。
『要塞』に設置された『機関銃』は相手を近寄らせず、大抵の相手ならそれだけで倒せてしまえる威力。
それを掻い潜って接近した相手を迎撃するのが『大砲』というのは、ナンセンスだが。
「私の攻撃は確かにあなたには効果が薄いようです。でもあなたの方も攻撃手段が無いのではないですか?」
ひたすら避け続けるローレンシアに智香が問う。
目の前の魔法弾を弾き、ローレンシアはそれでも笑っていた。
「それは……試してからのお楽しみじゃ!」
叫ぶと同時、ローレンシアは地面を強く蹴った。
その体は地面すれすれを滑空するように飛び、一気に智香との距離を詰める。
弾幕の方向が瞬時に切り替わるが、ローレンシアはそれを狙っていた。
地面に手を突き、腕の力でありえない横っ飛びの動きをし、更に足を軸にして円運動。
そうすることで弾幕の動きとは逆側に自らを運び、智香の背後を取った。
虚を突かれた智香は、その動きを視線で追うことすらかなわない。
「直接魔力を叩き込んでも、自慢の鉄壁は崩れないかの!」
魔力を凝縮した拳が『要塞』の壁に突き立てられた。
一点に集中されたエネルギーが爆発的な破壊力を生み、幾重にも重なった壁が僅かずつだが瓦解していく。
しかし、ローレンシアは警戒を解けずにいた。
今の一撃を食らい、確かに智香の鉄壁は目の前で崩れ落ちている。
それはわかっているのだが、あまりに手応えが感じられないのだ。
普通魔力と魔力が互いにぶつかり合えば、その大きさに伴って相当の衝撃があるはず。
そのはずなのに、今はほとんど衝撃がない。
よくよく見てみれば、『要塞』の壁は外部から衝撃を受けて崩れたというよりは、
まるで内側から崩れていっているような――
「――っ!」
その事実に気付くのが一瞬早かったのが幸いした。
ローレンシアが腕を引き抜くとほぼ同時に、瓦解する『要塞』の壁から剣が突き出てきた。
紙一重でかわすことに成功できたローレンシアだが、その首筋に僅かに赤い筋が出来ている。
(今のは、まずかった。運が良いというか。ほんの一秒反応が遅れていたら)
今、何が起きたのか。
相手を見て、全て理解した。
智香を守るように覆っていた『要塞』の壁は、確かに全て消え失せていた。
それは壁ではなく、智香の体自体に纏う鎧へと変化していた。
そして智香の手には、先ほどの『機関銃』などを構成するために蓄積していた魔力の塊――剣が握られている。
「ようやく笑顔が消えましたね。驚いてもらえて嬉しいです」
戦闘が始まってから初めて、智香が薄い笑みを浮かべる。
対してローレンシアはス……と目を細めて
「してやられたというわけか。したたかじゃな委員長」
「それもあなたには紙一重でかわされてしまったわけですけどね」
「お前は魔法使いではなく、魔法剣士だったということかの」
「私は近距離と遠距離を魔力構成によって『スイッチ』するんです。ですから、さしずめ魔装戦士といったところでしょうか」
珍しいタイプじゃな、とローレンシアは思う。
近距離と遠距離を区別して使い分けるのは、クエスターズにも一人しかいない。
それにしても、大抵はどちらかに系統が偏ってしまうものだが、智香は完全にどちらにも特化している。
そんなところまで生真面目なのかと思うと、不思議とローレンシアは笑顔になってしまう。
「何を笑っているのです。観念したということですか」
「観念か。ふむ、確かにな。遠距離ではわしは近づくことすら出来んし、苦労して近づけば剣の一撃。
このままでは八方塞がりという奴じゃ。お前がここまで出来るとはわしも思っておらんかったぞ」
「そうですか。では降参してください」
「だが断る」
その瞬間、智香は、絶対的優位であると確信していたはずの智香は、えもしれぬ恐怖を感じ、後ろへ飛びすさった。
目の前のローレンシアから、先ほどまでとは明らかに違う異質な気配を感じる。
「勘違いしてもらっては困る。わしは
こ
の
ま
ま
で
は
八方塞がりだと言ったのじゃぞ。
フ――フフフ、委員長。わしは嬉しいぞ。お前のおかげで久しぶりに本気が出せる」
智香は言葉の終わりを待たず、ローレンシアに斬りかかっていた。
得体の知れない相手には、先手必勝である。
そう自分を誤魔化して、何かぼんやりとした恐怖に突き動かされたことを自分の中で否定して。
袈裟切りの一撃に対し、ローレンシアは軽く手を掲げるだけだった。
魔力を帯びた刃が白い肌に食い込み、――グシャリ、と。
「なっ!?」
智香が驚いたのも無理からぬことだ。
『要塞』の大部分の魔力を注ぎ込み凝縮しているはずの剣が、素手で握り潰されたのだから。
剣を防いだローレンシアは、間髪入れず神速の拳を智香に叩き込む。
鉄壁の鎧が一瞬だけその拳の勢いを殺いだが、それも一瞬のこと。
ガラス細工のように砕け散り、その衝撃は智香の全身に広がり、智香は空中を二転三転して地面に叩きつけられた。
「ぐう……っ!」
何が起こったのかわからない。
どうして自分の剣が潰され、鉄壁のはずの鎧が容易く砕かれたのか。
魔力に魔力を当てて威力を相殺したとか、そんなチャチなものでは断じてない。
もっと恐ろしいものの片鱗を味わった。
それだけは理解できた。
なんとか起き上がろうと試みて、体が動くことを確認する。
立ち上がっても勝ち目は無い。
むしろ勝敗は既に決している。
それでも地べたに這いつくばっているのは彼女のプライドが許せなかった。
「まだ立てるとは恐れ入った」
「……痩せ我慢ですよ」
フフ、と互いに笑みを漏らす。
「そんな力を隠し持ってるなんて、あなたこそしたたかじゃありませんか」
「光栄に思えよ。魔力を食らい我が糧とするこの『此世王』の力は、まだ本編でも見せていないのだからな」
「それじゃあなたにはあらゆる魔法が利かないわけですか。そんなのチートです」
「分類的にはお前とてそうであろ。この常時スーパーアーマー眼鏡め」
「ふ……仰る通り」
気付くと、ローレンシアに対する不快感は抜けていた。
力の限りぶつかり合ったからだろうか。
拳と拳で語り合うなんて女の子らしくはないですねと思いながら、智香はローレンシアに手を差し出す。
「……私の負けです」
二人の手が重なる。
「智香、お前もまさに強敵じゃった」
**********
「ローレンシア先生!」
二人が堅い握手を交わしていると、慌てた様子でエンジェレットが駆け込んできた。
その後ろからククルー、ユウが走ってくる。
「む? おお、エンジェにククルー。どうかしたのか?」
「どうかしたのか聞きたいのはこっちですわ。さっきから派手にドンパチやらかして。
町に飛び火したらまずいと思って急いで駆けつけてきたんですのよ」
「それは済まなかったな。久しぶりに本気を出せたこともあって、少々熱くなってしまったようじゃ」
悪びれた風もなくローレンシアは言った。
本当に自分が悪いとは微塵も思っていないのだろう。
エンジェレットはそれ以上の叱責を諦めて、ローレンシアの隣にいる少女を見る。
「その方が、先ほどまで先生と戦っていた?」
「うむ」
「雨宮智香と申します。お見知りおきを」
「気軽に委員長と呼んでやってくれ」
「……ですから、私の名前は、」
「智香ちゃん」
ふと響いたその声に、智香のまつげがぱちぱちと動いた。
「ユウさん?」
「うん。良かった、すぐ会えて」
安堵の溜息をユウは漏らした。
表情は変わっていないが、雰囲気が少しだけ柔らかくなったのがわかる。
「なんじゃ智香、探していたのはこの子かの」
「ええ、まあ」
曖昧な答えを返したのは、それが正解とは言い切れないからだ。
「確かに私はユウさんを探してましたけど、あと一人だけ探さないといけないんです。
その人は私達をこの世界に飛ばした張本人で、その人しか元の世界に戻る方法を知りません」
「ふむ。探す当てはあるのか? 闇雲に探すでは時間がかかりすぎるが……」
「その必要はないっぜええええぇぇぇぇぇぇぇえええええええーーーっっ!!!!」
遥か頭上から、そんな声。
予想はしていたのか、智香がぼそりと、やはり来ましたね、と呟く。
声の聞こえてきた方を見ると、空から何故か後光と共にブランコが降りてきて、それに人が乗っている。
びっくりするくらいパンツ丸見えだった。
白だった。
誰もが思った。
バカだ――バカが降ってきた。
「そんなに見つめないでおくれよ。照れるじゃないか」
ぽっと顔を赤らめる白パンツ。
呆れ顔で見上げる中、エンジェレットが呟いた。
「……あの方には恥じらいというものはありませんの?」
「そんな常識的なものはほぼ皆無でしょうね」
「うん。部長さんだし」
「あやつ、できる……」
ただ一人、ローレンシアだけが感心した様子でしきりに頷いている。
類は友を……という奴かもしれない。
あくまで演技がかった風に空から降りてきた白パンツはブランコから飛び降りた。
「そこの女性!」
びしぃっと指差す先にいるのは、ローレンシアだ。
「む? わしか」
「雨宮君の鉄壁要塞を攻め落とすとは大したものだ! その力に私は敬意を表する!」
「フフ、わしにはお前も相当できると見えるがの。名はなんと申す」
「よくぞ聞いてくれました! 私こそユウ君雨宮君の両名をこの世界に飛ばしたラスボスにして機械工芸部部長!」
「バカで自己中心的な(智香)」
「少しだけはた迷惑な(ユウ)」
「天野秋穂その人さっ!」
「否定ゼロですのね……」
エンジェレットとククルーはひたすら置いていかれている。
「先ほどの戦いは見事だった。それでこそこの世界に来た甲斐があったというものだ!
だが諸君、物語の幕を引くにはやはりラスボスを倒さなければならないそうは思わないだろうか?」
疑問系ながら自信満々に言い放つ秋穂に、はあと智香が深い溜息をついて尋ねる。
「つまりあなたがラスボスだと言いたいわけですか」
「That's right! 作者もこの時点から新たにラスボスを用意するには難儀するだろう?
それに、横のスクロールバーを見てくれ。こいつをどう思う?」
「「すごく……みじかいです……」」
ユウとククルーが同時に答える。
満足したのか、秋穂は感極まったように拳を握って
「わかってもらえたようで私はとても嬉しい! さあどこからでもかかってくるといい!
言っておくが私は強いぞ! なぜなら私は『この世界が望んだ』ラスボスだからさ!」
「よし。エンジェレット、ククルー、出番じゃぞ?」
「え? 先生は戦いませんの?」
「前座は必要じゃ」
しれっとそんなことを言って、ローレンシアは柔らかい芝生の上にゆっくりと腰を下ろした。
すっかり観戦モードである。
どうしてこんなことになったのかとエンジェレットは疲れたように肩を落としてみせ、その肩にククルーがそっと手を置いた。
「……エンジェさん。この状況で私達に選択肢はない」
「どうやらそのようですわね。まあ、あの方を倒せばいいというなら話は早いですわ」
袖から鉄扇を取り出し、正眼に構える。
ククルーも大きく手を広げて、魔力の『場』を形成した。
「天野秋穂さんでしたわね。私達はあなたを倒すことにしますわ」
「ハハハハハハハハハハハハハハハハ! いいだろう、その闘志! 私に倒される資格がある!」
立ち上がりは静かだった。
音を立てるのはククルーを包む風くらいのもので、両者は互いにじりじりと距離を詰めるだけ。
その沈黙を破ったのは、風。
ククルーの風が僅かに揺れたかと思うと、一気に秋穂を包もうと襲い掛かる。
身をよじって回避する秋穂だったが、
「もらいましたわ!」
その先にエンジェレットが待ち構えていた。
ククルーの目的は攻撃ではなく、初めから誘導にあったのだ。
態勢を崩している秋穂がエンジェレットの一撃を避けられるわけもなく、
鉄扇は秋穂の体を強く叩き、遥か上空へ弾き飛ば――さない。
明らかに攻撃は命中したはずだが、秋穂は不敵な笑みを浮かべて
「なにかやったかな?」
「! ……ククルー!」
飛び退いたエンジェレットの後ろ、ククルーは既にエレメントの練成を終えている。
大気の流れを狭い範囲で一方向に固定。
それは螺旋状に絡み合い、渦巻き、全てを貫く風の槍と化す。
「……シルフィードブラスト」
放たれた一撃は、まさに小竜巻。
威力だけなら、ローレンシアが智香に放った魔法衝撃以上。
かつては低級とはいえ竜族すら屠った大魔法。
だが、
「ハハハハハハハハハハハハハハハハ! どうしたのかな? 全く利かないな!」
秋穂は全く応えた様子がない。
それどころか攻撃を受けた痕跡すら見えないのだ。
流石にエンジェレットは不審に思った。
いくらなんでも無傷というのはありえない。
あのローレンシアですら、多少のダメージを受けるであろう攻撃だ。
いくらなんでも無傷というのはありえない。
「どういうことですの?」
「エンジェちゃん。大変なことがわかった」
と、傍から見ていたユウが言った。
「なにかわかりましたの?」
「うん。今から解析したデータを送信する」
エンジェレットの頭の中に、情報が知識として流れ込んでくる。
それはククルーも同様のようで、二人は同時に眉をひそめた。
「げ」とでも言いたくなったのだが、それも無理もない。
『秋穂:ラスボス
HP:666/666
MP:666/666
無敵状態 → ON
』
「な、なんですのこれは……」
「驚いたか? たじろいだか? そして敗北を受け入れる準備は出来ただろうか」
楽しそうに外道は笑い、一歩詰め寄った。
「あ、あなたには正々堂々とワンコインに命を賭けるゲーマー魂はありませんの!?」
「フ――悪いなエンジェレット君。ククルー君」
技ゲージ三本消費!
「私はRPGより格ゲーが好きなのだ!」
瞬○殺炸裂!
「わ、技までパクリだなんて……」
「リスペクトと言いたまえ」
「……負けた」
どさ、と力無く地に伏す二人。
歴戦の勇士も、チートという名の暴挙には敵わないのが現実である。
「参ったああ! このままごった煮定食最強キャラの座は私のものになってしまうのか? さあどうするかね諸君!」
「フフ、前座がやられてしまったのでは仕方があるまい。わしが出るしかなかろうな」
立ち上がろうとしたローレンシア。
それを制するように一つの影が立つ。
ユウであった。
「ここは私がやる」
「む? しかし……」
「やらせてください」
その生気の宿るはずの無い目が闘志に燃えていることに、ローレンシアはそこで初めて気付く。
薄く笑い、ローレンシアは持ち上げかけた腰を再び下ろした。
ユウは秋穂と対峙し、淡々と述べる。
「ワンコイン、その一瞬に全てを尽くすゲーマーを嘲笑う行為であるチートを……天野さん、私は許せない」
「フフ、伊藤君。私達の間にそんな言葉を尽くす必要は無い」
「それでも言わせてもらう。だいくんから受け継いだゲーマー魂の下に、あなたを倒す」
その言葉が戦いのゴング。
秋穂は意外なことに、積極的に前に出た。
その手には一本のドライバー。
「忘れてはいないか伊藤君? 私は機械工芸部部長天野秋穂! 機械いじりはお手の物さ!」
ユウは必死に距離を取ってかわすが、一秒に十回突き出されるドライバーを避け切るのは至難。
ついにその一撃を右腕に食らってしまう。
触れた瞬間、ユウの腕は鈍い音を立てて結合部から引き剥がされた。
「いつもは専ら作る側だが、ラスボスとしての役目を果たすためなら私は涙を呑んで君を破壊しよう!」
秋穂の動きが加速する。
反面、明らかにユウの動きは悪くなっていた。
片腕を失ったせいか、バランスが上手く取れていない。
「天野さん……役割を果たすためとはいえ、壊す側に回るなんて慣れないことをしますね」
「仕方がないさ。この世界が望んだラスボスが私ならば」
「そんなの間違ってる。元の世界にいたときの天野さんなら、きっと意地でも作る側でい続けた。
そういう意志の強さを天野さんは持っていたはずだよ。私が目を覚まさせてあげるよ」
ユウは逃げるのをやめる。
体の内部からピーガガガと機械音が響いてくる。
信号が伝えてくる――作業完了、と。
「設定変更完了。――これで五分だよ、天野さん」
『秋穂:ラスボス
HP:666/666
MP:666/666
無敵状態 → OFF
』
「な、なんだってー!」
無敵状態が解除されたことで、秋穂は大きく動揺した。
「システムに介入して直接設定を変えたのか。フ、しかしな伊藤君。それで五分などと言わないでおくれよ。
私と君の実力で、この程度のことで二人の戦闘力が五分になるだなんて君も思ってはいないだろう?」
「うん。もちろん思ってないよ」
ユウは当たり前のように言った。
「今の天野さんなら、私が勝つ」
「な、」
続きの言葉を、秋穂は言い切ることが出来なかった。
なぜなら、背後から唐突に凄まじい衝撃が襲ったからだ。
まるで鈍器で思い切り殴られたようなダメージが背中から突き抜けてきた。
首を回して見てみると、それは紛れも無く……先ほど自分が破壊したはずの、ユウの右腕。
「こ、これは……」
「勘違いしないで。それは天野さんのドライバーが破壊したんじゃなくて、私が自分から外したの。
私の各部関節は脆いから、転んだりしただけでもその衝撃で取れちゃったりするんだよ。
でも、体から外れたとしてもそれは私の一部であることに変わりはないから、こうして私の意志で動かせる」
独りでに宙を舞った右腕が、再びユウに装着される。
たまらず地に膝をついた秋穂がユウを見上げて、微かに笑った。
「私は、自分で破壊したと思ってそんな単純なことに気付かなかったのか。……慣れないことはするものじゃないな」
自嘲めいた笑い。
と、秋穂は急にすっくと立ち上がり、振り返ってその場にいた全員に告げた。
「見ての通りだ諸君! 私は倒された! 元の世界に戻ろうじゃないか!」
「やけにあっさりしておるな秋穂とやら」
「ローレンシア先生、あなたとは本当は手合わせしたかった。同じチートキャラとして……あいたっ」
「もうチートはダメです、天野さん」
ユウは秋穂を睨む。
ハハハと笑う秋穂に反省の色は無さそうだったが、その笑顔は晴れやかだった。
「では帰るとするか。伊藤君に雨宮君! 私が乗ってきたブランコに乗りたまえ!」
「嫌です」
「なぜだっ!」
「パンツ見えちゃうじゃありませんか。そんなはしたない真似、私には到底出来ません」
「仕方がない。ならば……拉致させてもらう!」
先ほどまで戦っていたとは思えないほど俊敏な動きで秋穂は智香にタックルをかました。
そのまま智香の華奢な体を持ち上げ、ブランコへ飛び乗る。
ぎゃあぎゃあと智香はわめき立てたが、智香は魔法主体で戦う戦士、腕力の差は歴然としていた
もちろん、乱れた裾から薄布は丸見えだった。
水玉だった。
「ちょっとお待ちなさい! この場の収集をどうなさるおつもりですの!」
戦闘のダメージから回復したエンジェレットがパンツ丸見えの秋穂に叫んだ。
「決まっている! 物語の締め括りはこれだ!」
完
「さらばだ諸君! ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」
「またね、みんな」
「離してください天野さん! ああやっぱり離さないで落ちる落ちる落ちっ……せめて裾を押さえさせてくださ……!」
「……今回私達の扱い、ひどくありませんこと?」
「……(こくん)」
「わしは満足じゃが。さて、一眠りするかの」
「仕事してくださいませ」
やっぱり完